35年前の冬山

   踏み固められた道はガリガリに凍結している。

 40kgを超える荷物を担いでいるので、体が安定しない。ふらつくと、足をすくわれる。転倒すると重いリュックを背負ったままでは立ち上がれない。リュックをはずして体だけ起こしてから、リュックを担ぎ直す。重いリュックを担ぎあげるのにも体力を消耗する。今度はすべらないよう、一歩ずつ、慎重に足を出していく。体力のゆとりなど、はじめからない。うつむいて、あと一歩、あと一歩と足下をみつめながら耐えていると、いつかはキャンプ地に到着する。へとへとだが、テントを張って夕飯の支度をしなければならない。
 山では夜明け前から行動する(確か4時起きだったように思う)。寝過ごしてはいけないと気持ちが張っていて、夜中に何度も目がさめて時計を確認する。起床するとバーナーで雪を溶かして水をつくり、朝食を準備する。食事の片付けを終え、軽い荷物だけ持って、稜線に向かう。
 息をきらしながら急な雪道を登っていく。樹林帯をぬけると、岩と氷の世界となる。頂上近くで、凍った斜面を横切る。
「足を滑らせたら、終わりだぞ!」コーチの声が緊張している。足がもつれれば、急斜面を一気に滑り落ちるだろう。
 頂上付近は、体が吹き飛ばされそうな突風が吹いてくる。頂上に来たという実感もわかぬまま、急いで別ルートから下山を始める。稜線から下り始めると、ガスがかかって視界がほとんどきかない。この時白いガスの中を手探りのようにして岩の斜面を下りていった光景は、後から何度も夢に出てきた。

 冬山は、体力的にもしんどいものだったし、遭難の危険も意識した。登山予定の数日前に熱を出して寝ていたのだが、体力が落ちることに不安を感じ、夜起きだしてランニングせずにはいられなかった。そして、自分の部屋や机の中をきちんと片付けてから山に出かけた。もしかして帰って来られないかもしれないという気持ちがあったのだ。  35年も前の話なのだが、思い返すと、あのときの緊張感がよみがえる。

<2012年3月「びば!まなびば 2012春号」>

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